忍者ブログ

酒とバラの日々 福岡を中心とした食べ歩き情報と、ワインやおつまみのレシピブログです。 国内、海外の旅行記もやってます。 Twitter:http://twitter.com/ariahisaeda

RSS TWITTER RssTwitter

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

ビザンチン帝国の遺産 聖ソフィア大聖堂(アヤソフィア)

ブルーモスクの後は、最大の目的、アヤソフィアへ。アヤソフィアというトルコ語での名称が一般的ですが、英語ではギリシャ語のハギアソフィア。日本語では聖ソフィア大聖堂といいます。

イスタンブールがコンスタンティノープルと呼ばれていた当時、つまりビザンチン帝国の首都であった時代に建造されたキリスト教の大聖堂です。



コンスタンティノープルの陥落後、一時期はモスクとしてつかわれたので、イスラム教会風にミナレット(尖塔)が建てられています。
ブルーモスクと同様、巨大な建造物です。建造が6世紀とか。すごいですね。日本では仏教が伝来するかしないかってところだ。

内部は金色の箔により黄金に輝き、モザイク技術の粋を集めた装飾が飾られています。



入り口で迎えて下さるのが、「キリストと皇帝」のモザイク画。
これらはすべて色の違う石を組み合わせることで絵に仕立てています。

キリストを取り囲むように大天使と聖母マリア。そしてキリストのもとにひざまずく皇帝らしき人が描かれています。この皇帝は誰であるかは特定されていないそうです。ひょっとしたら、ビザンチン帝国自体がキリスト教に帰依する、ということをあらわしているのではないのかしら。

ビザンチン帝国(東ローマ帝国)はギリシャ正教を国教とし、キリスト教の力で国を束ねていました。



残念なことに、アヤソフィアは現在修復作業中。豪奢にして壮麗なる空間を楽しむには、組まれた足場が艶消しです。ついてないなぁ。
再度訪れることはなかなか難しいので痛恨でありました。

それでも、天使が飾られたドーム天井は、外部の光を上手く採り入れて、金色に輝いてます。



あくまで博物館であり、宗教的な場所でないということ。それをもってアヤソフィアは存在を許され、こうやって我々観光客に公開されています。

コンスタンティノープルを征服したメフメト2世も、この美しい聖堂を惜しみ、破壊させなかったとか。
途中モスクとして使用された時も、モザイク画は漆喰で塗りつぶすだけですみ、そのおかげで現在我々が目にすることができるのです。



半ドームには麗しい聖母子像が、拝謁する人々を見下ろしています。



中2階の廻廊から最大望遠で撮影した聖母子像。ああ、もっと近づきたい。
(もっといいカメラがあれば…。)



四方には大天使のモザイク画。気の遠くなるほどの年月を経ているために、いささか痛みが激しいです。




こちらも羽根があるから天使でしょうね。

モザイク画は他にもいろいろとあるのですが、修復の梯子の向こうに隠されているようで。
ああ、返す返すも残念でした。とはいえ、この目に直接アヤソフィアを見ることができて、非常に嬉しかったです。

ビザンチンのこの素晴らしいモザイクの技術は、帝国が滅びるとともにそのほとんどが消滅しました。
わずかにイタリアの一部や、正教会の伝統を受け継いだロシアで、継承されたようです。

拍手[4回]

PR

神の蒼 スルタンアフメト・モスク (ブルー・モスク)(イスタンブール)

会議の休み時間をぬってようやく旧市街スルタンアフメト地区を観光することになりました。



オスマンベイから旧市街へは地下鉄二回乗り換えた後、路面電車に乗ります。少しややこしいけれど、わかってしまえば、何のことありません。一人でも動ける。
イスタンブールの地下鉄は出来たばかりなのか、とても清潔できれい。なんとなく日本の地下鉄を思わせるシステム。後から調べると、大成建設が海底トンネルの建設に協力しているので、その影響かもしれませんね。




路面電車に乗り換えのために降りたエミノニュで目の前にした金角湾。大河のように見えますが、マルマラ海からヨーロッパ大陸に切り込んだ角の形の湾です。

青く光る海面を見ながら改めてここまで来たんだ、と感慨に耽りました。小説などで馴染んだ地名の場所が今目の前にあります。



そして金角湾を挟んで望むガラタ地区。コンスタンティノープル陥落まではジェノバ人たちが居留していた場所です。
遠目からもガラタの塔が目立ちます。

金角湾に船舶が立ち入らぬように張り巡らされた大鎖はこのガラタの塔に結び付けられていたのだとか。

昔ながらのオスマントルコ帝国の面影を今に残すと言われるガラタ地区も観光してみたかったのですが、まあ、次の機会に。



最初はまずトプカプ宮殿を目指しましたが、おやすみでした。門のところには自動小銃を構えた守衛さんが立っていて怖いったらありゃしない。
さすが軍事国家というか。日本だと守衛さんは武装してないしなw

すぐに引き金がひける自動小銃というのは、非常に威嚇効果が高いですね。

声をかけるのも憚られたので、そそくさとスルーして、ブルーモスクへと向かうことにしました。



ブルーモスク。正式名称はスルタンアフメトモスクです。壮麗なるイスラム建築の代表作の一つ
巨大なアヤソフィアとほぼ同じようなサイズで、向かい合うように建っていて、まるで双子のよう。
オスマントルコ帝国のスルタンアフメト1世によって建造されました。



お祈りのできる正式なモスクですが、観光客も立ち入ることが出来ます。ただし、入り口では服装検査あり。女性は露出を抑え髪はスカーフで隠す必要があります。ノースリーブや短いスカートとかもダメ。持っていない場合はスカーフを貸してくれます。

また日本のお寺さんのように、靴は脱いで袋の中に入れて持ち歩きます。
また地元の人と観光客では入る入り口も違っています。本当にここは祈りの場所なのです。




内部には赤い絨毯が敷き詰められていて、床に座ることが出来ます。
壮麗、豪奢、綺羅綺羅しいモスクですが、観光客でごった返しているにも関わらず、清浄な空気が流れていて、何故か心寛ぎます。

ふと西行法師の「何事のおはしますをば しらねども かたじけなさに 涙こぼるる」という歌を思い出しました。(もちろん、これは伊勢神宮を歌ったものですが。)
宗教の枠を越えて、聖性は心をうつものです。



それにしても、ため息が出るように美しい天井。
偶像崇拝は禁じられているから意匠は草花に限られるようですが、その緻密さ、バラエティの多さ。



柱という柱、壁という壁、すべて埋め尽くす様々な植物を模したブルーのタイル。この場所がブルーモスクと呼ばれる由縁です。



意匠としては文字もよく使われています。何が書いてあるかわかりませんが、美しいカリグラフィです。

拍手[5回]

地中海の海鮮料理 Sisli Balikcisi(イスタンブール)

トルコの料理が美味しいことは、有名ですが、さらにイスタンブールは海鮮料理が美味いことでも有名。

イスタンブールが3方を海に面している上、黒海付近はよい漁場。そしてヨーロッパに数々の影響を与えた伝統の料理の技。美味しくないはずがないですね。



滞在先のオスマンベイの大通りに面したレストランに入ってみました。
(実際行ったのは夕方でしたが、外観の撮影は別の日の昼間に行いました。)

拍手[5回]

イスタンブールネコ歩き

イスタンブールは現在ものすごい勢いで発展中の街。日々増加するとんでもない交通渋滞。歩行者よりも車優先。大きな道を横断するのに毎回ヒヤヒヤします。でも、とにかく待っていても、あるいは歩行者が渡っていても止まってなどしてくれません。

まあ、それくらい人には優しくないイスタンブールなんですが、何故か猫にはものすごく優しい街です。



夕方になると猫にエサをやっている人が現れます。日本だと野良猫が増えるからと苦情がきそうですが、猫天国イスタンブールでは当たり前。なんとなくだけど、奈良の公園で大きな顔している鹿みたいに大事にされています。
他にも公園の中にネコの餌場みたいなところがあって、エサが散乱してました。

拍手[6回]

ニルホテル@オスマンベイ(イスタンブール)

イスタンブール。東洋と西洋とを結ぶ街。
ビザンチオン。コンスタンティノープル、イスタンブールと、何度も名を変えて、大きな歴史の舞台となってきた古都です。

御多分に洩れず、塩野七生の「コンスタンティノープルの陥落」を読んで以来、行ってみたい場所のひとつでした。

トルコはイスラム圏としては、ヨーロッパとの関係性も強く訪れやすい国です。




イスタンブールの空港に着いて、入管の行列に並んだ時に、その人種や国籍の服装の混淆ぶりには驚きました。
よくニューヨークを「人種の坩堝」と表現しますが、なんのなんの。この多彩さにはとうてい叶いません。

ヨーロッパ系でも肌や髪の色が微妙に違う人たち。真っ白なアラブ風。北アフリカの民族衣装。
モスリムの女性でも、目だけをだしたブルカを着た女性からスカーフのみという簡易なスタイルの人まで。
世界のあらゆる場所から人の訪れる場所、といった感じでした。うーん、世界ってやっぱり広いもんだなぁ。と、改めて。

空港からはタクシーで。実はトルコのタクシーについてはかなりの悪評を聞いていて、ちょっとドキドキしていましたが、親切でしかも優秀な運転手さんにあたりました。賢く市街地の渋滞をさけてスイスイと。古くて判りにくい複雑な通りにあるホテルを探して、道行く人に尋ねてくれたり。まあ、こればっかりは人によるみたいで。今回の会議参加者の中には、とんでもない金額を請求されたケースもあったようです。



ラッキーにも気持ちよく到着したホテルの入口。こう撮影すると、小さいけれど小洒落たホテルに見えます。まあ、建物は少し古めですが。

イスタンブールは世界的な観光地で、ホテル代金もかなり高いのです。
配偶者が出席する会議場に一番近くて、手頃な値段のホテルはここしかなかったそうで。



部屋は広くて快適でした。写ってませんが、もうひとつベッドがあってツイン仕様です。



部屋が快適なのには安心しましたが、その後マイナーなトラブル発生。
シャワーがお湯にならないのです。
配偶者は外国の寮に滞在したときに水シャワーは体験済みなので、仕方がないと達観していますが、正直私には一大事。結構蒸し暑くて汗もかくので、シャワーは必須なのに。水シャワーに慣れるしかないんだろうか…。タオルで拭くしかないのか。ちょっと涙目。
ダメ元でフロントにかけあうと、明日の11時には治るから大丈夫、とあっさりと言われました。
なんとなく、よくあることって感じ。水回り、古そうだもの。

結局フロントの係の人の言った通り、シャワーはその後はちゃんと機能してくれたので、幸いでした。



ホテルのある通り、オスマンベイ地区。
いわゆるイスタンブールの観光の中心である旧市街からは距離のある商業地区。生活の匂いのする場所でした。ドネルケバブを売る店が並んでいて、通りかかると「よってかない?」と客引きされます。

ゴミゴミしているというか、実際にゴミが舞っていたり。慣れるまではちょっとかかりましたが、住めば都というか、最終的にはこの生活感のある街がとても気に入りました。
多分、旧市街や新市街のヨーロピアンスタイルの四つ星ホテルやアメリカ系列のホテルにいては見えないものが見えたんじゃないかと思います。

拍手[5回]

Clear